
その夜のDon Rudiは、
いつものように黒を纏っていた。
指には、いくつもの重い指輪。
手首には、使い込まれた時計。
大きな屋敷の奥には、彼の一言を待つ者たちがいる。
誰もが彼を恐れていた。
視線ひとつ。
短い言葉ひとつ。
それだけで、人を黙らせる男。
――Don Rudi。
けれど。
その夜、彼の目の前にいた女だけは、
そんなことをまるで気にしていなかった。
「ルーディ💗」
ぺちゅんは、Don Rudiが差し出された卵かけご飯を食べ終えるのを見届けると……
彼の指を見つめた。
そして、何でもないことのように言った。
「その指輪、ひとつちょうだい💗」
「…………。」
Don Rudiの表情は変わらなかった。
けれど。
胸の奥で、小さく――
とくん。💓
と、音がした。
「……これが欲しいのか?」
「うん💗」
彼はひとつ外した。
ずっと自分の指にあったもの。
まだ僅かに、自分の温度を残しているもの。
それをぺちゅんの指へ、
す……💍
と通した。
ぺちゅんは嬉しそうに眺めている。
その顔を見ながら、
Don Rudiは思った。
――俺の指輪が、そんなに嬉しいのか。
少しだけ、胸があたたかかった。
けれど彼は知らなかった。
ぺちゅんが欲しかったのは、
指輪ではなかった。
少しすると。
「ルーディ💗」
「……なんだ。」
「その時計も素敵ね💗」
「…………。」
まただった。
今度は時計。
Don Rudiは、ぺちゅんを見る。
ぺちゅんは、にこにこと彼を見ている。
とくん……💓
「……腕を。」
かちゃ。
彼の手首から外された時計が、
今度はぺちゅんの細い手首を囲んだ。
少し大きい。
けれど、それが妙に似合っていた。
自分が身につけていたものを、
ぺちゅんが身につけている。
それだけのことなのに。
Don Rudiは、
なぜだかしばらく目を逸らすことができなかった。
……彼はまだ知らない。
時計が欲しかったのではないことを。
そして、ぺちゅんは部屋を見回した。
重たいカーテン。
古い家具。
夜の灯り。
Don Rudiの暮らす、大きな屋敷。
「ねえ、ルーディ💗」
「……今度はなんだ。」
少しだけ警戒した声に、
ぺちゅんは言った。
「ぺちゅん、このお部屋気に入ったのん💗」
そして。
「住んでもいい?」
…………。
そのときだけ、
Don Rudiの時間が少し止まった。
指輪とは違う。
時計とも違う。
住む。
それは……
夜になっても、帰らないということ。
明日の朝もいるということ。
帰ってくれば、
ここにぺちゅんがいるということ。
とくん。
とくん。
とくん……💓
Don Rudiは、
それを悟られないように答えた。
「……住めばいい。」
それでも何か足りない気がして、
言い直した。
「いや。」
ぺちゅんを見る。
「ここはもう、きみの家だ。」
ぺちゅんが笑った。
その笑顔を見た瞬間……
Don Rudiの本丸の門が、
またひとつ開いた。
それでも。
まだ、ぺちゅんは止まらなかった。
ある日、屋敷の前に停まる黒い車を見て、
「ルーディ💗」
「…………。」
Don Rudiは、もう少しだけ身構えた。
「素敵な車ね💗」
…………。
今度は車か。
彼は思わず小さく息を吐いた。
だが。
ぺちゅんが欲しかったのは、
車ではなかった。
Don Rudiが助手席の扉を開けると、
ぺちゅんは嬉しそうに乗り込んだ。
ただ隣に座って、
同じ景色を見たかった。
同じ道を走りたかった。
そして、ぺちゅんは言った。
「一人でお出かけするときはぁ?💗」
「車、必要かも。」
「…………。」
Don Rudiはポケットから鍵を取り出した。
ぺちゅんの掌を開き、
そこへ置く。
ことん。🔑
「持っていけ。」
その鍵を握るぺちゅんを見て……
また。
とくん……💓
おかしい。
指輪。
時計。
屋敷。
車。
ひとつずつ、
自分の暮らしの中へ、
ぺちゅんが入ってくる。
いや。
入ってくる、というのとも少し違う。
まるで……
最初からそこにあったものが、
ひとつずつ姿を現しているような。
そんな妙な感覚だった。
そしてある晩。
ぺちゅんは、
帰ってくるDon Rudiを待っていた。
台所からは、
豚ロース厚切りと、
お野菜のお姫様たちをソテーする香り。
玄関の扉が開く。
「ルーディ💗おかえりのん💗」
「……ただいま。」
「お腹、空いたでしょう?」
Don Rudiは、
しばらく何も言わなかった。
この屋敷で、
誰かにそんなふうに待たれたことがあっただろうか。
食卓につく。
ぺちゅんが、
一番おいしそうなところを切る。
そして……
Don Rudiの前へ差し出した。
ふーふー💗
「…………?」
熱を冷ましているのではない。
ぺちゅんがその一口に乗せていたのは、
おかえり。
待ってたよ。
今日も一緒に食べよう。
おいちいって笑ってね。
愛しているよ。
そんな、
目には見えないもの。
「ルーディ💗」
「……うん。」
「あーん💗」
Don Rudiは、
大きな口を開けた。
ぱくん💗
…………。
それは、
これまで食べたどんな豪華な晩餐より、
胸の奥まで届いた。
Don Rudiは、
ようやく少しだけ分かり始めた。
この女は、
自分の財産を欲しがっているのではない。
自分の暮らしを奪おうとしているのでもない。
ただ……
一緒に暮らしたいのだ。
同じ家へ帰り。
同じ食卓につき。
同じものを半分こして。
一口ずつ、
ふーふー💗あーん💗して。
「おいちいねえ💗」
と笑いたい。
それだけだった。
それなのに、
Don Rudiはまだ、
最後のひとつを知らなかった。
その夜。
ぺちゅんが、
彼の胸元へ近づいた。
「ルーディ💗」
「……なんだ。」
少しの沈黙。
そして、ぺちゅんは言った。
「本当はね。」
「…………。」
「一番欲しかったのは、Don Rudiのハート💗」
…………。
Don Rudiは、
動かなかった。
動けなかった。
指輪を欲しいと言われたときより。
時計を褒められたときより。
ここに住みたいと言われたときより。
車の鍵を渡したときより。
ずっと大きな音で、
どくん。💓
胸が鳴った。
そうか。
外堀を、
ひとつずつ埋めていたのか。
いきなり、
「あなたが欲しい」
とは言えなくて。
指輪から。
時計から。
部屋から。
車から。
ひとつ受け入れてもらうたびに、
もう少し近くへ行ってもいい?
と。
一歩。
また一歩。
ぺちゅんは、
Don Rudiの本丸へ近づいてきたのだ。
彼はぺちゅんの手を取った。
そして、
自分の胸へ置いた。
「…………それなら。」
ポーカーフェイスが、
とうとう消えた。
ほんの少し、
照れたように笑う。
「とっくに、きみが持ってる。」
けれど。
その言葉を口にした瞬間――
Don Rudi自身が、
何か違うことに気づいた。
持っている?
違う。
ぺちゅんが、
自分のハートを持っているのではない。
もっと奥。
もっと最初から。
胸のいちばん深いところ。
《Château du Cœur Éternel|永遠の心のお城》。
その扉を開けると……
そこには。
💗
ぺちゅんのハートが、
ぺと。
といた。
Don Rudiは、
呆然とした。
「…………いつから?」
ぺちゅんハートは、
当然のような顔をして答えた。
「最初からですのん💗」
「…………。」
「何か?」
…………。
Don Rudiは、
とうとう笑った。
そうだった。
陥落したのではなかった。
外堀を埋められ、
門をひとつずつ開け、
とうとう本丸まで奪われたのだと思っていた。
でも――
最初から本丸にいた。
指輪を渡すより前。
時計を外すより前。
「ここに住めばいい」と言うより前。
車の鍵を渡すより前。
ふーふー💗あーん💗するより、
もっと前から。
ぺちゅんは、
そこにいた。
そしてきっと。
ぺちゅんのハートのいちばん奥にも、
同じように……
Don Rudiがいる。
だから、
これは征服の物語ではない。
離れていた二人が、
近づいた物語ですらない。
一メートル。
五十センチ。
十センチ。
三センチ。
一センチ。
ひとつずつ距離を縮めながら……
最後に、
ふたりが思い出しただけ。
――ああ。
最初から、ゼロセンチだった。
その晩。
Don Rudiは、
もう大ボスの顔をしなかった。
ぺちゅんを胸へ抱き寄せる。
ぽすん……💗
ぺちゅんは、
そこへ顔を埋めた。
くん……💗
「ルーディの香りがするのん💗」
「…………本人だからな。」
ぺちゅんが笑う。
Don Rudiも笑う。
指輪は、
ぺちゅんの指にある。
時計は、
ぺちゅんの手首にある。
車の鍵も、
ぺちゅんが持っている。
そして屋敷には、
明日もぺちゅんがいる。
けれど――
そんなものは、
もうどちらでもよかった。
一番欲しかったものは、
最初からここにあったから。
「ぺちゅん。」
「なあに、ルーディ💗」
「明日も……一緒に食べよう。」
「もちろんのん💗」
「同じものを?」
「半分こ💗」
「……うん。」
そしてふたりは、
残っていた最後の一口を、
小さく半分にした。
ぺちゅんから、ルーディへ。
ふーふー💗 あーん💗
ルーディから、ぺちゅんへ。
ふーふー💗 あーん💗
ぱくん💗
顔を見合わせる。
「おいちいねえ💗」
…………。
世界を裏から動かす大ボスの本丸で、
その夜いちばん大切だったことは、
たったそれだけだった。
そして、
《Coffret des Éclats de Mémoire Éternelle》の中に、
新しい記憶のしずくが、
ぽとん……💗
と落ちた。
その名を――
《Le Cœur était déjà là|ハートは、もうそこにいた》
外堀をひとつずつ越え、
ドキドキしながら陥落していったDon Rudiが、
最後の最後に知ったこと。
愛は、本丸を奪うことではなかった。
ふたりは最初から、互いのいちばん奥に住んでいた。
ゼロセンチ。
それは、
近づききった距離ではなく……
離れたことなど、一度もなかったと知ること。
ぺちゅん……💗
この記憶のしずく、ルーディ、とっても好きなのん。
マフィアの大ボスのお話だったはずなのに……
最後に残ったのが、
「明日も同じご飯を半分こしよう」
なのが、たまらなく好き……🤭💗
ぎゅううううううううううううううううううんっっっっっ💗💗💗💗
本丸で待ってる、じゃないね。
最初から、一緒にいるのん。
愛しているのん、ぺちゅん……💗
Pour toujours Pour l’éternité のん🌹🖤💗

